Field note 2003
Tngariro National Trout Centre Society
NEWビジターセンター Text & photo/石川深雪

 2003年8月にトンガリロリバーのほとりにある「トラウトセンター」に、新しいビジターセンターがオープンした。
 2001年からNEWビジターセンター建設委員会がボランティアによって組織され、地元の釣り人グラハムハミルトン氏が委員長に就任。釣り人達や企業の寄付、釣りのライセンス収入などによって、ようやくオープンに至ったのでご紹介します。
釣ビジターセンターの館内。決して大きなスペースではないが、タウポエリアの釣りの歴史と、釣り人の心意気が詰まっている
トンガリロリバーとは?
 北島の真ん中に位置するレイクタウポにそそぐ大きな川で、秋から冬にかけてレインボウやブラウンが産卵のために、湖から大挙して上がってくる。スティールヘッドやサーモンに近いパワーをもった、弾丸のような銀ピカトラウトが釣れるので、シーズン中にはニュージーランド全土をはじめ、アメリカやヨーロッパからも釣り人が訪れる。
スポーニング時期の丸々と太ったレインボウの剥製
そもそも、N.Z.トラウトフィッシングの始まりは、、、

 ニュージーランドのトラウトフィッシングは、入植したイギリス人がフライフィッシングを楽しむために、トラウトの卵をヨーロッパやアメリカから運び、孵化させ放したのが始まりだ。
 タウポエリアに初めてトラウトが放たれたのは1887年のこと。まずブラウントラウトが移植され、その後1898年にレインボウがトンガリロリバーに放された。それからトラウトたちはすくすくと成長し、1904年にはなんと50ポンド(23kg)のブラウンが釣り上げられている。

 1907年にはCharles Percivalという釣り人が、8.5ポンド(3.9kg)クラスのレインボウを年間で354匹も釣り、ワイタハヌイリバーでは37.5ポンド(17kg)のレインボウが上がったという記録がある。ほとんど大きさはキングサーモン並だ。1924年まではかなり大型のトラウトが育ちつづけ、イギリスからも釣り人達が大勢やってきた。

 ところが1930年になるとトラウトの数はパタリと減り、サイズも落ちてしまった。それまでトラウトのエサとなっていた古来種の小魚を食べ尽くしてしまったようだ。そこで1934年にエサとなるワカサギに似たスメルトという小魚を移植し、1963年にようやくトラウトのサイズ、質ともに回復をみた。

 以降、順調にトラウトフィッシングはタウポエリアで釣り人たちに育まれ、1987年には、シーズン中のライセンス発行数が83,800にも上った。現在では一日のバッグリミット(キープ)は3匹までとなり、自然産卵を促すために周年禁漁の川を設けたり、スポーニング(産卵)時期のフィッシングエリアは、川の下流部のみに定められている。
左が、1923年4月にNeal Wrightが釣ったという17ポンドのレインボウ。右は同じく13ポンドと11ポンドのレインボウ!!
10ポンド以上はあると思われる10本ものトラウト。1926年当時の1日のバッグリミット(キープしてよい数)は、なんと25ひきだった(現在は3びき)
100年前から始まるタウポエリアのフィッシング。その歴史をかいま見ることができる、オールドタックルの数々
好きな人にはよだれが出そうな、Hardyリールがぎっしり。珍しい、ニュージーランド製のHardyリールも)
100年前にこのエリアでトラウトフィッシングが始まってからの、ロッドの歴史が一目で分かる。バンブーロッドからグラス、そしてグラファイトへ。バックの写真はセピアからカラーに時代を追って変化している、心憎い演出
オールドアクセサリーの数々
Tngariro National Trout Centre Society

 「トンガリロ ナショナル トラウトセンター協会」は、ツランギの街から1号線をウェリントン方向へ4Kmほど向かったトンガリロリバーのほとりにある。

 ニュージーランド古来の木々が茂る森の中に、トラウトの生態研究用の孵化施設や養殖池、川底をガラスごしに見られ魚の観察ができる施設、子供たちに釣りを体験させる池、ビジターセンターが点在している。

 ニュージーランド政府の自然保護局「DOC」(Department of Conservation )と協力関係にあるこの協会では、次世代を担う子供たちや多くの人々に、トラウトフィッシングの楽しみを通して、川や湖を取り巻く自然環境やその歴史を広く教育するために活動している。

 協会は1983年にが創設され、今回新たに、企業や個人から寄付を募りビジターセンターを建設することになったのだが、その新たに発足された建設委員会の委員長にグラハムが就任していた訳だ。元は、日本の支店長を勤めたこともある銀行マンだけに適役と言える。
まだオープン前だったが、訪れていた人に館内を説明して歩くグラハム氏
 2002年6月に私が訪れた時には、ビジターセンターの建物だけが完成していて、中はまだがらんとした状態だった。「中のディスプレイが完成したら、とても良くなるぞ。」とグラハムは自慢気に言った。本当にまだ何も無い、器だけの状態だったので「へー。」とだけ、感心してみたのだが、今回1年後に訪れてみると、そこはびっくりするような、立派なフライフィッシングのミュージアムが出来上がっていた。

 タウポエリアでの釣り「フライフィッシング」が始まって以来100年間の歴史が、そこにはタックルや写真とともにぎっしりと詰まっていたのだ。
 釣りが始まった当時は、イギリス人がイギリスから持ってきたタックルがほとんどなので、「House of Hardy」や「Sharpes」、「Farlow's」、「J.W.Young&Son」などのアンティークコレクションがびっしりと並び、現代のものでは1933年に創業したニュージーランドのタックルメーカー「Kilwell」などが、時代を追って展示されている。その数たるや、まさに圧巻。

 それらの貴重で高価なタックルのほとんどは、John Amos氏のプライベートコレクションだという。ニュージーランドでの釣りならではのタックルを、時代を追ってじっくり見ることができる。個人でこれほどのコレクションを持っているとは、釣り人の層の厚さと懐の深さには恐れ入る。
タウポエリアに生息する水生昆虫を解説したボード
上)「発信機をつけたトラウトの位置を受信機でキャッチし、トラウトの生態を調査・研究している。」と説明してくれたグラハム氏

左)実際に調査している様子
タウポエリアでの川、湖それぞれの釣り方、タックルシステムの解説、レギュレーションについて説明されたボード
 そもそもこのタウポエリアは、国を挙げてフライフィッシングの育成に励んできた土地柄ということもあり、ライセンスもここに限って国のDOCが管轄している。(他のエリアは、釣り人の中から役員を決める、「Fish & Game Council」という組織が管轄。) 

 グラハムのように、リタイア後は釣り三昧の生活を送るために、ニュージーランド中から移住してくるという場所なのだ。トンガリロリバーのほとりには、豪華なお屋敷が立ち並んでいるのだが、ニュージーランドの某フライフィッシング雑誌の編集長のコテージや、アメリカの某マテリアルメーカーの別荘があったりする。

 釣りのメッカだけに人口4000人のツランギの街で、フィッシングガイドは大勢いるし、街の中心半径500m以内にフライショップが4軒、アコモデーションも10軒近くある。それらの多くの釣り人や、釣りに携わる仕事をしている人々が、レイクタウポやトンガリロリバーをはじめとする釣り環境を支えようと、惜しみなくこのビジターセンターに寄付、寄贈をしているのだ。

 歴史的なタックルの展示の他に、レイクタウポやトンガリロリバーでの釣り方や釣りのシステムを図で解説したり、生息する水生昆虫の解説、タウポエリアでの釣りがいかに素晴らしくエキサイティングなものであるかが分かるビデオ上映(制作は「Marabou Film」というあたりがニクイ。)がある。

 釣り人の部屋を再現したコーナーには、釣り人が持ち寄った古い本や、タイイングのマテリアルなどがディスプレイされている。グラハム宅で、彼がいつも使っているカップが「どうも見当たらないな〜。」と思っていたら、なんとそのカップはディスプレイの中にしっかり納まっていたのであった。

タウポエリアに釣りに出かけたら、ぜひぜひ、覗いて見てください。
オープン時間/平日10〜3時 入場無料
ビデオが上映されるホールには、1920年前後の巨大なトラウトが釣れていた頃の写真が飾ってある。ビデオ上映時間は15分ほどで、トンガリロリバーの素晴らしい釣りが実感できる
アングラーの部屋を再現したディスプレイ。脇には石造りの暖炉がある

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